2020年8月9日 私たち信仰者に期待されている品性

 主よ、だれがあなたの幕屋に宿るのでしょうか。だれがあなたの聖なる山に住むのでしょうか。

 詩篇15:1(1〜5)

 《神の幕屋にふさわしい人》 イエスは、「わたしに向かって『主よ、主よ』と言う者がみな

天の御国に入るのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行う者が入るのです」(マタイ7:21)と

忠告しておられる。

人は皆「自分の望む善は行わず、望まない悪を行って」(ローマ7:19)しまう、愚かで利己的な存在であるが、

キリストの救いを受けた者に、神は聖霊をお与えくださって、彼の人格と生活とを一変してくださる。

聖霊は、「愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制」(ガラテヤ5:22~23)という

実を結ばせてくださる。

この詩篇15篇は、「だれがあなたの幕屋に宿るのか」(1節)、神は誰をご自分の幕屋に賓客としてお迎えになるのか、

という資格がここに詠われている。

信仰者は、キリストの贖いを受け、すでに神の子としての資格を与えられ、三位一体の神との交わりの中に

招き入れられている(Ⅰヨハネ1:3)。

だが、神の前にふさわしい信仰者の品性がいかなるものかを、詩人はここに簡潔に示している。

私たちは、すでにキリストの義の衣をまとって神の幕屋に招かれているが、実質的にも神の目にふさわしい

御霊の実を結ぶようにと祈り、聖化に努める責務が求められている。

 《神に対して全き者に》 神にふさわしい人とは、先ず「全き者」(1節)であることが求められる。

それは完全無欠を意味しない。二心がなく、ひたすら神のみ旨に適う生き方を求める人のことを言う。

「アブラハムは神を信じた。それが、彼の義と認められた」(ローマ4:3)とあるが、全き者は

その信仰によって「義」と認められ、神との交わりを得て、その生涯を神と共に歩む者のことである(参照:創世記17:1)。

全き者の特徴の第一は、「主よ。だれがあなたの幕屋に宿るのでしょうか」(1節)と、先ず神に伺う姿勢にある。

彼はすべてを差し置いて「神の国と神の義を求め」(マタイ6:33)、神のみ旨を優先する。

特徴の第二は、神のみ旨に適う行動(義)を選ぶ。それは都合の良し悪しや損得、また世間の評価に左右されない。

第三に、「互いにむなしいことを話しへつらいの唇と二心で話」(詩篇12:2)す者とは真逆の、

「心の中の真実を語」り続ける人であり、神に対しても、人に対しても裏表なく、状況が変わっても彼の言動は揺るがない。

 《人に対して、愛と誠実を尽す》 神への信仰の真偽は、隣人たちへの対応の仕方によって明らかとなる。

全き者の第一の特徴は、「舌をもって中傷せず、隣人へのそしりを口にしない」(3節)ことである。

舌を制し、人の噂話を言わずまた聞かず、ましてや悪口や非難を口にしない(参照ヤコブ3:2~10)。

「いのちを愛し、幸せな日々を見ようと願う者は、舌に悪口を言わせず、唇に欺きを語らせるな」(Ⅰペテロ3:10)と

ペテロも忠告している。

第二の特徴は、「友人に悪を行なわない」(3節)。

むしろ犠牲を惜しまず、裏表のない真実な態度を変えず、誓い合った友情を守る。

第三に、彼は、すべての評価を、神の意向に基づいて下すので、神が否とされた者を安易に受け入れたりはしない。

しかし「これらのわたしの兄弟たち、それも最も小さい者たちの一人にしたことは、わたしにしたのです」

(マタイ25:40)とあるように、世間から見放されている者を軽んぜずに支援する。

そして、主の喜ばれる信仰の篤い兄姉たちを尊敬し、彼らに学ぼうとする。

第四に、彼は相手に約束したことを、自分の都合や損得勘定で破ることはしない。

人への誓いも、神に対しての誓いでもある。

第五に、困っている同胞に金を貸す場合は利息を取らず、わいろを贈って裁判を曲げて己の不正をごまかし、

相手を苦しめたりはしない。

これらすべては「あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい」(マタイ22:39)との戒めに、要約される。

神の幕屋に宿る者は、「このように行う人は決して揺るがされない」(5節)と保証される。

預言者も「このような人は高い所に住み、その砦は岩場の上の要害である。

彼のパンは備えられ、彼の水は確保される」(イザヤ33:16)と告げている。