2020年10月4日 いつくしみと恵みが、私を追いかけて来る

まことに 私のいのちの日の限り いつくしみと恵みが私を追って来るでしょう。

私はいつまでも 主の家に住まいます。 詩篇23:6(1〜6)

本篇では、少年時代に羊飼いであったダビデ王が、波乱に満ちた半生を振り返り、神は、羊飼いが羊を導くように、私に関わってくださったと紹介している。

 《羊と羊飼い 1~2節》 先ずダビデが、自分を羊に譬えていることに注目しよう。

羊には、敵に噛みつく牙も、ねじ伏せる巨体も、襲いかかるどう猛さもなく、逃げる俊敏さにも欠ける。

全くの無力無能で無防備な、方向音痴ですぐ迷う。

ダビデは、その羊に自分を譬え、羊飼いとして関わってくださる神の有難さを感謝を込めて記している。

善き羊飼いを得てはじめて、羊は「緑の牧場、いこいのみぎわ(水辺)」にたどり着き、食糧と水に与り、

敵の手からも守られる。

 それ故に、信仰者は、羊飼いから離れるなら、「私は、滅びる羊のように、迷い出ました。

どうかあなたのしもべを捜し求めてください」(詩篇119:176)と怯えて叫ぶこととなる。

自分には、敵から逃れ苦難を切り抜ける力も才覚もなく、自力で糧を得、生命を守る術もないことを

自覚する必要がある。

己を弁え知ってはじめて、羊飼いの導きを仰ぎ、その指示に信頼して従い、「死の陰の谷」であろうと、

足を踏み入れることが出来る。

「知れ。主こそ神。主が、私たちを造られた。私たちは主のもの、主の民、その牧場の羊である」(詩篇100:3)と

自覚した営みは、「主はいつくしみ深く、その恵みはとこしえまで。

その真実は世々に至る」(同5節)と、私の羊飼いとなってくださった神への賛美に終わる。

 《私の羊飼いの祝福 3~5節》 ダビデは、武将として輝かしい成果を上げた結果、

嫉妬したサウル王の殺意から逃れ、長期にわたる荒野の逃亡生活を強いられた。

しかし今、当時の孤独と危機と絶望の日々を振り返り、「主は私のたましいを生き返らせ、

御名のゆえに 私を義の道に導かれ」(3節)た、と感謝する。

危機回避のためにと、安易な妥協に走る誘惑もあったが、主は彼を「義の道に導かれ」た。

先の見えない絶望の谷をも辿ったが、彼は主の導きに従って、無事に乗り越えることが出来た。

それはひとえに、「あなたがともにおられ」(4節)た故である。

主イエスも、「見よ。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます」(マタイ28:20)と、

弟子たちを励まされた。

私は無力、罪深い、愚か者、さらに信仰も弱い。しかし、私には、「わたしは良い牧者です。

良い牧者は羊たちのためにいのちを捨てます」(ヨハネ10:11)と言われた方が共におられるので、

恐れることは無い。

しかも、私の羊飼いは、豊かないのちを保証しておられる(ヨハネ10:9~11)。

ダビデは、「あなたのむちとあなたの杖それが私の慰めです」(4節)とも言う。

「むちと杖」、それらを用いて、羊飼いは外敵を追い散らし倒す。

また必要な時には、羊に懲らしめを与えるためにも使われて、悪と滅びから羊を守る(へブル12:5~11参照)。

私たちの羊飼いは強く、配慮に満ちた方である。

「私の敵をよそに あなたは私の前に食卓を整え 頭に香油を注いでくださ」(5節)る。

敵が間直にいようと、私たちの神は、脅威に追われ長旅に疲れ果てた旅人に油を注いで迎い入れ、

くつろぎの一時を設けてくださる。

この席は、今の教会を指すとも言えよう。不足は満たされ、「私の杯はあふれている」(5節)。

そこで、私たちは再び旅を続ける。

 《私たちの羊飼いキリスト 6節》 「神は、ご自分の民を、羊の群れのように連れ出し、

家畜の群れのように荒野の中を連れて行かれた」(詩篇78:52)とあるように、

昔、神はイスラエルの民をエジプトから約束の地に導かれた。

そして、今、私たちがキリストを羊飼いと仰ぐことが出来る。

それは、真の羊飼いキリストが、ご自分のいのちを犠牲にして私たちをご自分のもとに

呼び集めてくださったからにほかならない。

「私たちはみな、羊のようにさまよい、それぞれ自分勝手な道に向かって行った。

しかし、主は、私たちすべての者の咎を彼に負わせた」(イザヤ53:6)とある通りである。

私たちは、もう一度、詩篇100:3の「私たちは主のもの、主の民、その牧場の羊である」と、

自分に言い聞かせよう。

「牧者は自分の羊たちを、それぞれ名を呼んで連れ出します。

羊たちをみな外に出すと、牧者はその先頭に立って行き、羊たちはついて行きます。

彼の声を知っているからです」(ヨハネ10:3~4)。

私たちの羊飼いキリストは、私たち一人ひとりの名を呼び、御国に続く荒野の道を先頭に立って

導いておられる。

そこには「いつくしみと恵み」も追いかけて来る。この旅を終わりまで全うしよう。