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  • 三澤隆男

今日のみことば(ヨハネ20:19~20) 2022/4/20

「平安があなたがたにあるように。」こう言って、イエスは手と脇腹を彼らに示された。弟子たちは主を見て喜んだ。 ヨハネ20:19~20

最初の人アダムとエバは神に背いたため、園を歩まれる神を怖れて身を隠した。シナイ山のふもとに集まったイスラエルの民は神の来臨を知らせる角笛の音にみな恐怖に震え上がったとある。罪のある私たち人間はみな、神の裁きを覚えて、恐怖を抱かずにはおられない。

しかし、失意と恐れに沈んでいた裏切り不信の弟子たちの前に、復活された栄光の御子が現れたこの時から、状況が変わり、「弟子たちは主を見て喜んだ」。恐れと不安は消え去った。なぜか、「イエスは手と脇腹を彼らに示された」からである。主が、彼らを愛し、十字架の死によって彼らの罪のすべてを処分してくださったことを知ったからである。手と脇腹の穴がそれを教えてくれた。

イエス様。私のためにお受けくださった傷の跡を、私にもお見せください。そして愛と平安に包んでください。

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