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  • 三澤隆男

今日のみことば(ルカ15:16) 2022/3/11

彼は、豚が食べているいなご豆で腹を満たしたいほどだったが、だれも彼に与えてはくれなかった。 ルカ15:16

これは「放蕩息子の譬え」の一節で、神を拒絶し自分勝手に生きようとしている人間の招いた惨めな結果である。ユダヤ人なら汚れたものとしていた豚飼いとなり、それでも飢えて餌箱に首を突っ込んで豚と一緒に食べたいほどだが、助けてくれる者が誰もいない。しかし、神は、私を息子のように、今待っておられるという。神に立ち帰るなら、神は父親のように私を見つけて、かわいそうに思い、駆け寄って首を抱き、口づけし、「急いで一番良い衣を持って来て、この子に着せ・・・手に指輪をはめ、足に履き物をはかせ・・・肥えた子牛を引いて来て屠りなさい。食べて祝おう」と言われるという。

私の父となってくださった神様。あなたに逆らう愚かな私を、今もなお見捨てず、案じていてくださるとは何と有難く、言葉もありません。

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