検索
  • 三澤隆男

今日のみことば(ルカ6:7) 2022/3/2

律法学者たちやパリサイ人たちは、イエスが安息日に癒やしを行うかどうか、じっと見つめていた。彼を訴える口実を見つけるためであった。 ルカ6:7

安息日の会堂は、神を礼拝し、神の教えに従う決意を新たにする場であった。それを率先して果たすべき律法学者パリサイ人たちは、イエスに嫉妬して彼を失脚させる口実を得ようと、神をそっちのけに見張っていた。神を愛し隣人を愛する決意を新たにする場で、彼らは障害を抱えた隣人も、嫉妬の対象者をやっつける都合のよい道具でしかなかった。その心得違いを指摘されると逆上し、「彼らは怒りに満ち、イエスをどうするか、話し合いを始めた。」(11節)という。彼ら同様に、私たちもまた、隣人に嫉妬し、彼を引き下げるアラ探しする傾向を捨てきれないでいる。

神様。私も傲慢で嫉妬深い者です。自分の罪深さを率直に認め、悔い改める者でありますように。


閲覧数:0回0件のコメント

最新記事

すべて表示

ヨシヤのようにモーセのすべての律法にしたがって、心のすべて、たましいのすべて、力のすべてをもって主に立ち返った王は、彼より前にはいなかった。彼の後にも彼のような者は、一人も起こらなかった。 Ⅱ列王23:25 ヨシヤは、発見した律法の書に従って宗教改革を徹底して行った。私たちキリスト者も、彼と同じく聖書を自分たちへの神の教えと信じている。だが、神への畏れもなく、信じていると言っている聖書の実践もはな

そのとき、あなたは心を痛めて主の前にへりくだり、自分の衣を引き裂いてわたしの前で泣いたので、わたしもまた、あなたの願いを聞き入れる。― 主のことば ― Ⅱ列王22:19 主を捨てて偶像崇拝に走った祖父や父とは反対に、ヨシヤ王は「主の目にかなうことを行い、父祖ダビデのすべての道に歩み、右にも左にもそれな」(2節)い立場を貫いたのは、母や周囲の者の信仰の感化か、憐れみの神のご配慮からだ

彼は父ヒゼキヤが打ち壊した高き所を築き直し、イスラエルの王アハブがしたように、バアルのためにいくつもの祭壇を築き、アシェラ像を造り、天の万象を拝んでこれに仕えた。 Ⅱ列王21:3 アハブは、12歳で王となり55年にわたって統治した。彼は、敬虔な父ヒゼキヤとは逆に、神を畏れず、律法を無視し、偶像礼拝を推進し、「自分の子どもに火の中を通らせ、卜占をし、まじないをし、霊媒や口寄せをし、主の目に悪であるこ